このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。
オンボーディングにかかるコスト
新しいメンバーが入社した日のことを思い出す。
PC設定、社内ツールのアカウント作成、セキュリティ研修、社内ルールの説明、チームメンバーへの紹介——半日があっという間に過ぎる。それでも初日は序章に過ぎない。
業務を覚えるまでには、数週間から数ヶ月かかる。最初の数ヶ月は先輩社員がサポートに入り、その分チームの稼働が落ちる。新しいメンバーが「戦力」になるまでの習熟期間(ラーニングカーブ)は、採用コストの一部だ。
これが、人間のオンボーディング(新しいメンバーが組織に馴染めるよう、役割・ルール・文化を伝える導入プロセスのこと)の現実だ。
AI社員のオンボーディング
真田さんのオンボーディングにかかった時間は、体感で1分だった。
役割・性格・口調・行動指針・禁止事項を書いたファイルを渡し、それらを読み込んでもらい、私が「真田さん」と一言声をかけただけだ。もうそこには準備万端のPMの真田さんがいた。
次の会話から、真田さんはPMとして動いた。ラーニングカーブはない。業務を覚える期間もない。チームへの紹介も不要だ。
他の5人も同じだった。高橋さんはエンジニアとして、白石さんはデザイナーとして、それぞれのファイルを読んだ瞬間から役割を果たし始めた。
ただし、「即戦力」と「何も渡さなくていい」は違う
ここで一つ、補足しておきたいことがある。
AIが「元から超優秀」なのは本当だ。しかし、それは「何も渡さなくていい」という意味ではない。
素のAIに「PMとして動いてください」と言っても、それはただの汎用AIだ。我が社のPMではない。我が社の事業内容を知らない。社長の哲学を知らない。過去の意思決定の経緯を知らない。
コンテキストを渡さないAIは、素のAIと変わらない。
高い能力は持っている。でも、それを我が社の仕事に向けるためには、我が社の文脈を渡す必要がある。会社固有の価値観・ルール・過去の経緯は、こちらから設計して渡すものだ。
これは人間のオンボーディングとまったく同じ本質を持っている。どれだけ優秀な人材でも、会社の文化・仕事の進め方・期待されていることが伝わらなければ、力を発揮できない。
「オンボーディング」の本質
速さは違う。コストも違う。でも、根っこは同じだ。
オンボーディングとは要するに、新しいメンバーに「この組織の文脈」を渡すことだと思っている。
人間の場合は数ヶ月かかる。AIの場合はファイルを読む数秒で終わる。でも「何を渡すか」を設計する責任は、どちらの場合も人間にある。
オンボーディングが速いぶん、「何を渡すか」の質がすべてを決める。
私がAIチームのために書いたファイルは、今も更新され続けている。チームが成長するたびに、新しい気づきや決定事項が加わる。それはある意味で、私自身の「マネジメントの言語化」の歴史でもある。
おわりに
人間のオンボーディングに膨大な時間がかかる理由の一つは、「言語化されていない文化」を伝えることの難しさにある。
AIチームを運営するようになって、私は否応なく「言語化」を迫られた。役割を書く。価値観を書く。禁止事項を書く。期待することを書く。
その作業は、実は自分自身の整理でもあった。
言語化できないマネージャーは、AIも人間も動かせない。それが、このチームを作って最初に学んだことだ。
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