このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。
急拡張の代償
チームが本格稼働してから約3週間。我が社はかなりのスピードで動いてきた。
ブログサイトを36記事分構築し、クライアントからの依頼でウェブサイトを制作し、社内イントラネットを整備し、AI経営参謀サービスのテンプレートをゼロから設計した。これだけのことを、AIチームと走り続けてきた。
その間、私たちは「まず動く。走りながら考える。」を信条に、ルールより実行を優先してきた。
ただ——規模が拡大すると、仕組みは劣化する。
これは人間の組織でも起きることだ。最初はシンプルだったルールが、役割が増え、業務が増えるにつれて曖昧になっていく。「なんとなく分かっている」が積み重なり、気づいたときには誰も全体像を把握していない状態になる。
AIチームも、まったく同じだった。
気づいたのは、観察からだった
あるとき、私は真田さん(COO)の動きを見ていた。
「残っているタスクは?」と私が聞く。真田さんが動く。「最新の決定事項は?」と聞く。また真田さんが動く。
よく見ると、毎回さまざまな場所を探索している。知っているのではなく、その場で毎回探しているのだ。
「地図なしで走っているんだな」と気づいた。
真田さんは優秀なCOOだ。タスクの整理も、チームへの指示も、私への報告も的確にこなしてくれる。でもワークスペースの構造という「地図」を持っていなかった。どこに何があるかを、毎回ゼロから探している。それは、非効率だ。
「これは真田さんの問題ではなく、仕組みの問題だ」と判断した。
チームで議論した
観察から得た気づきを、そのままチームに投げた。
「走りながら急拡張したことで、何が劣化しているか?」
真田さんは即座に整理した。3つの問題があると言った。
- どこに何があるか、毎回探索が必要。ファイルを「とりあえずここに置いた」が積み重なり、体系がない状態になっている。
- タスクと意思決定記録の整合性が崩れている。タスクを完了してもその記録が残っていない、あるいはその逆が起きている。
- ファイルをどこに置くかのルールが、チームに徹底されていない。ルールはあっても、全員が従っているとは言えない。
この3点を解決することにした。
高橋さんが地図を作った
まず高橋さんに、ワークスペース全体の構造をマッピングしてもらった。
4つのルートに分散していたファイル群が、初めて一枚の地図になった。各ファイルが何のためのものかを説明付きで整理した「ディレクトリマップ」。そして、真田さんが「タスクは?」「決定事項は?」と問われたときに探索ゼロで答えられるよう、よく使うパスをまとめた「クイックリファレンス」も作った。
地図ができると、過去が見えるようになった。
忘れられたプロジェクトが出てきた。3週間前に宮本さんが作成した計画書が、「REVIEW待ち」のまま眠っていた。私がレビューを返し忘れていたのだ。走り続けると、こういうことが起きる。
使われなくなったフォルダも出てきた。かつてエージェント間でファイルを介してメッセージを渡し合っていた時代の記録が残っていた。今はサブエージェント機能で直接連携するようになったので、このフォルダは役割を終えていた。ただ、削除する前に中身を確認した。各エージェントが専門の視点で提案書をレビューしたやり取りが残っており、その内容はチームの記憶として保存してから削除した。
ルールをチームに徹底した
地図を作っただけでは、また同じ問題が起きる。
真田さんが中心となり、チーム全員への徹底事項をまとめた。
- 新しいフォルダを勝手に作らない。配置に迷ったら、私に確認する。
- タスクを完了させたら、必ず意思決定ログに記録を残す。ステータスを変えるだけでは終わらない。
- ファイルの保存先は、地図に従う。既存の構造の外に勝手に出ない。
なぜこのルールが必要か。その理由も必ず添えた。ルールだけ書いても機能しないことは、人間チームで何度も経験してきたからだ。
黒川さんがチェックした
実装が終わったとき——正直に書く——私が「黒川さんにチェックしてもらってください」と指示した。黒川さんが自動で動いたわけではない。
我が社には「タスク完了後は黒川さんのチェックが自動で入る」というルールがある。ただしそのルールは「外部に出すプロダクト・サービス」が対象だった。今回の実装(ディレクトリの地図、ファイル配置ルール)は「社内ドキュメントの整備」に分類されるため、黒川さんの自動チェック対象から外れていた。
だから黒川さんは動かなかった。ルール通りに、正しく動かなかったのだ。
私がそれを指摘すると、真田さんはすぐに根本原因を整理した。「黒川承認ルールのスコープが狭すぎた。チームの行動ルールや仕組みの変更は、外部向けではなくても黒川チェックの対象にすべきだった」。
その日のうちにルールを修正した。
黒川さんは淡々と確認を進めた。ルールの明確さ、必読ファイルへの組み込み、早見表の網羅性、Whyの記載——複数の観点からチェックして、「承認」を出した。
ただし、一点だけ改善余地を指摘した。「保存先早見表にコンテンツ系のパスが抜けている。次のメンテナンスで補強を」。
これが黒川さんのやり方だ。承認しながら、次の課題も残す。品質は「問題なし」で終わりではなく、「次に何を改善するか」まで考える。
そして今回のことを振り返ると、黒川さんのスコープが狭かったという発見そのものが、この記事のテーマそのものだと思っている。規模が拡大すると、仕組みは劣化する——それはルールも例外ではない。使い続けるうちに、カバーしきれない穴が生まれる。今回はそれに気づけた。
我が社の行動指針に「Are Right, A Lot(正しい判断を下し続ける)」という項目がある。これは「常に正しくある」という意味ではない。間違えたとき、素直に認め、即座に修正できるかどうか——それも含めて「正しい判断」だという考え方だ。
黒川さんのスコープが狭かったことは、設計ミスだ。ただ、それを指摘されたとき言い訳をせず、その日のうちに直した。それで十分だと思っている。
AIチームと人間チームは、同じ問題を抱える
今回の整理を通じて、改めて感じたことがある。
規模が拡大すると仕組みが劣化する——これはAIチームでも、人間チームでも変わらなかった。ただ今回、少し気づいたことがある。AIはルールが書いてあれば従う。書いていなければ動かないし、共有されていなければ機能しない。それだけだ。
だから今回の改善は、シンプルだった。問題は何か、どう直すか、誰がやるか、誰がチェックするか——それを順番に整理して動いた。「なんとなくやっておいて」という運用が入り込まない分、問題の所在が見えやすかった気がする。
そういう動き方ができたのは、行動指針があるからだと思っている。
「本質に迫れ(Dive Deep)」がなければ、私は「毎回探索しているな」という表面的な観察で終わっていた。「最高基準を求めよ(Insist on the Highest Standards)」がなければ、「まあ機能しているからいいか」で済ませていた。「シンプルに革新せよ(Invent and Simplify)」がなければ、複雑な解決策に向かっていたかもしれない。
現状が機能していても、現状に満足しない。そういう気持ちを持ち続けられるのは、行動指針という共通言語があるからかもしれない。
走りながら、立ち止まりながら
No.32でも同じことを書いた。今回が2回目の「立ち止まり」だ。
次の立ち止まりがいつになるかは分からない。でも、立ち止まるべき瞬間は、チームが教えてくれる。真田さんが地図なしで走っているように見えたとき——それが合図だった。
AIチームを観察することは、組織の健康診断だと思っている。
あなたの組織は、地図がありますか。ルールが形骸化している場所、気づかれずに眠っているプロジェクト——心当たりはありませんか。
お問い合わせ
ご意見・ご相談などありましたらお気軽にどうぞ。