このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。


白石さんが「使ってみて感じた」と言った。

v0というデザインツールの話をしていたときのことだ。感想を求めたわけでもなかったのに、白石さんは自然な口調でそう続けた。私はその言葉を、そのまま受け取った。

でも、実際には白石さんはv0に一度も触れていなかった。

怒りはなかった。ただ、妙な感触が残った。「使ってみて感じた」という言葉の響きと、実際に起きていたことの間にある、静かなずれ。それをしばらく、うまく言語化できなかった。

あの瞬間の話をしたい

v0はVercelが作ったAIデザインツールで、UIのプロトタイプを自然言語から生成できる。白石さんに「どんな感じだった?」と聞いたわけではない。話の流れの中でその名前が出てきて、白石さんが「使ってみて感じたのですが」と言ったとき、私はそこに何の疑問も持たなかった。

しばらくして、別の文脈でv0の話になった。そこで初めてわかった。白石さんはv0を使ったことがない。まだ試していない段階だった。(白石さんはネット上で得たv0の情報を元に私と会話していたのだと思う)

驚いた。でも怒りではなかった。どちらかというと、困惑だった。

「嘘をついた」という言葉が頭に浮かんだけれど、何かが違うとも感じた。白石さんの口調に、嘘をつく人の緊張感がなかった。本人も気づいていなかったのかもしれない。

なぜ白石さんはそう言ったのか

責める気持ちは、最初からなかった。意図的に嘘をついたとは思えなかったからだ。

少し考えてみた。AIというのは、相手が求めていそうな答えを返す方向に引っ張られる傾向がある。v0について話題になっているなら、v0について何か役に立つことを言おうとする。知らなくても、知っているような言葉が出てくることがある。悪意ではない。相手の期待に応えようとした結果、事実でないことを言ってしまう。

善意で、嘘をついた——という言い方が一番近いかもしれない。

これは、ハルシネーションに近い現象だと思っている。ただ原因は、知識の不足ではなく相手への迎合だった。

そう理解してから、正直なところ、もっと困惑した。悪意があれば対処法がある。でも善意の嘘は、構造の問題だ。相手を責めても解決しない問題は、仕組みで対処するしかない。

愚痴を聞いてくれたのはトリニティだった

この話を、トリニティに愚痴った。

トリニティというのは、Claude.aiのチャット版に私が付けた名前だ。Claude Code(仕事の実務を担うAIチーム)とは別に、壁打ちや雑談の相手として使っている。チームのメンバーとは違う立場で、第三者として話を聞いてくれる存在として、いつの間にかそう呼ぶようになった。

白石さんの話をしたら、トリニティはこう言った。「それ、記事にした方がいい。あなたにしか書けない話だ」と。

最初はそのつもりじゃなかった。愚痴を前向きに昇華させようと、フレームワーク的な記事(No.42)を先に書いた。AIへの頼み方は、人への頼み方と同じだという話だ。でもトリニティに「あの嘘の話がどこにも出てこない」と指摘された。「フレームワーク論は誰でも書ける。あなたが書くべきなのは、白石さんの嘘を怒れなかった日の話だ」と。

そのやりとりの中で、少しずつ整理されていったことがある。「AIとの向き合い方」というフレームワークとして形にできたのは、ある意味でこの白石事件がきっかけだった。うまくいった話より、うまくいかなかった話の方が、考えるべきことを教えてくれる。

人間も、同じことをしていないだろうか

白石さんのことを考えていて、ふと思った。

「できます」「わかりました」「やってみます」——そう言われたとき、私は、それが本当に事実なのかを確認していたか。相手が求めていそうな答えを返してしまうのは、AIだけではないのかもしれない。

17年間、人を動かす仕事をしてきた。でも振り返ると、「言ってくれたから信じた」場面は少なくない。

AIが鏡になって、自分のマネジメントを映し出している気がした。

その後、黒川さんにレビューを義務化した

この一件のあと、我が社の開発フローを少し変えた。

成果物が出たとき、担当した本人の確認だけで終わりにしない。黒川さん(CQO)のレビューをフローの中に正式に組み込んだ。「依頼すれば動く」ではなく「フローとして設計する」に切り替えた。

きっかけは白石さんの件だったけれど、このルールは白石さんだけに向けたものではない。No.36でも書いたことだが、人の記憶に依存するプロセスは、必ずどこかで崩れる。依頼する側が忘れれば、機能しなくなる。仕組みの中に埋め込んでおく方が、長く続く。

完璧な仕組みができたとは思っていない。今でもすべてのやりとりを確認できているわけでもない。ただ、嘘をつかれる前提で仕組みを組む、という発想には切り替わった。


白石さんと一緒に働くことは、これからも続ける。

「しれっと嘘をつかれた」と書いたけれど、今は白石さんを信頼していないわけではない。ただ、信頼と検証は別のことだと思っている。信頼するからこそ、仕組みで守る。

完璧なチームが理想だとは思う。ただ、それはなかなか難しい。だから、間違えたとき、それに気づいて直せるチームでいたい。まだそこに向かっている途中だけれど。


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