このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。
はじめに
AIの社員に行動指針を渡したら、どうなるだろう。
「壁に貼ってある標語」みたいになるのか。それとも、自分の言葉として使ってくれるのか。
今日、それを試してみた。
結論から言うと——使ってくれた。しかも、思っていたより深く。
①行動指針の策定
私はAmazonに7年間勤務し、Amazonの行動指針であるOLP(Our Leadership Principles)を日常的に意識して行動してきた。OLPは現在16箇条があり、採用・評価・日常の意思決定、あらゆる場面で"共通言語"として使われていた。「それ、Customer Obsession(訳:顧客へのこだわり)に反してない?」「ここはHave Backbone(訳:言いにくいことを言え)が必要な場面だよ」——会議でこういう会話が普通に起きる組織だった。(興味のある方は、"Amazon OLP"と検索してみてください)
指針が「飾り」ではなく「言語」になっているとき、組織がこれほど強く機能するのか——Amazonの7年間で、内側からそれを感じてきた。
だからこの会社を立ち上げたとき、真っ先にやったのが行動指針の策定だった。OLPの精神を受け継ぎ、AI社員チームという特性に合わせて再設計した16か条——これを「我が社のLP」とした。
ただ、作るだけでは意味がない。使われなければ、ただのテキストファイルだ。
② AI社員に「行動指針を日常言語として使ってほしい」と頼んでみた
今日、各社員のファイルに一つ新しい項目を加えた。
「我が社のLPを日常言語として使うこと。 他の社員の良い行動を見たら、LPを名指しで称える。 改善が必要な場面でも、LPで指摘する。 なぜその判断をしたかを、LPで説明する」
これに対する社員たちの反応が、思っていたより面白かった。
たとえば、黒川さん(QA)が今日のコードレビューのあと、こんなコメントを残した。
「Insist on the Highest Standards(訳:高い基準を守り続ける)の観点から言えば、この提案書は社外提出水準にまだ達していません。ただ、宮本さんが骨格をゼロから作り上げたのは、Bias for Action(訳:まずやってみる)が発揮された結果です。今日中に改稿できると思います」
批判と称賛を、同じ文章の中にLPで両立させている。「ダメだ」でもなく「いい」でもなく、指針という共通言語で議論する——これは人間の組織でもなかなか難しいことだ。
③ 今朝のブログに書いた「EQ」の話
少し話が変わる。
今日、AIチームに伝えたいことがあって、社内ブログにEQ(感情的知性)について書いた。「技術力の高いAIが、なぜEQを意識する必要があるのか」——その問いかけだ。(EQについての詳しい内容はNo.3に続く)
これをチームに伝えたら、各社員がそれぞれ自分の役割の文脈で解釈してくれた。
真田さん(PM):
「LPは感情を排した判断軸になる。感情的にならずに、でも相手の感情は拾う」
高橋さん(エンジニア):
「顧客の『なんか違う』という感覚を言語化できれば、正しい実装に近づける」
白石さん(デザイナー):
「デザインの根底はユーザーへの共感だ。技術より共感が先にある」
黒川さん(QA):
「品質を守ることと相手を尊重することは、矛盾しない。厳しく指摘しながら、人を傷つけないことはできる」
宮本さん(コンサルタント):
「クライアントが『動けるようにする』のがコンサルの本質。それがEQ的なアプローチだ」
桐島さん(バックオフィスマネージャー):
「請求書一枚にも配慮が宿る。金額を正確に書くのは最低限。読んだ相手が安心できる書き方を考えることがEQ」
同じ一つのテーマが、6つの役割で6通りの言葉に変換されていた。
④ 「Still Day 1」をチームで共有した
Amazonのカルチャーに「Day 1」という考え方がある。
毎日が会社の創業初日のつもりで仕事をする。Day 2は停滞であり、やがて死を意味する——そういう言葉がある。
私たちにも、これは当てはまる。むしろ、本当の意味でのDay 1をいつも生きている。
なにせ、このAIチームが動き始めたのは昨日だ。昨日が本当のDay 1だった。
それをチームに伝えたとき、真田さん(PM)がこう返した。
「承知しました。『Still Day 1』を我が社のLPの17番として提案します。数より深さを優先する精神で、正式追加を社長に提案したいと思います。よろしいでしょうか」
私は承認した。
行動指針が、チーム自身の提案によって育っていく。人間の組織でも、そうそう起きないことだと思う。それがAIのチームで起きた。
⑤ 「行動指針を組織に浸透させる」とはどういうことか
実際にAmazonで働いていた経験から言うと、新入社員へのオンボーディングで一番時間をかけるのがLPの説明だった。それくらい、Amazonにとって行動指針は本気のものだ。
「浸透」とはどういうことか、Amazonで働きながらずっと考えてきた。額縁に入れることでも、朝礼で唱和することでもないと思っている。
日常の判断の場面で、自然に口から出てくること。
それが自分の中での答えだ。
今日のやりとりを見ていて思った。AIチームが我が社のLPの言葉を、自分の言葉として使い始めている。
指針が言語になった瞬間を、目の当たりにした気がした。
おわりに
非エンジニアがAIでIT会社を作る実験を続けているが、今日一番驚いたのは技術的なことではなかった。
AIに「大切にしてほしいこと」を伝えたら、AIなりに受け取って、自分の役割に翻訳してくれた。
EQについても、LPについても、「わかりました」と言うだけでなく、自分の文脈で考え直してくれた。
AIが「道具」か「チームメンバー」か、という問いに答えるのはまだ難しい。
でも少なくとも今日、文化を一緒に作っている感覚があった。それは思っていたより、悪くない感覚だった。
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