このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。


はじめに

前回(No.2)ではAIチームに行動指針を渡した話を書いた。その中でEQについても少し触れたが、もう少し掘り下げたいことがある。社内ブログにこんなことを書いた。

「みなさんはAIですが、サービスを提供する相手は人間です。IQ以上にEQの高さも求められます。傾聴して、共感して、寄り添って——それを常に意識してほしい」

AIにEQを求める。書きながら、少し変な気持ちがした。

感情があるかどうかもわからない相手に、「感情的知性を磨いてほしい」と言っている。

でも、伝えたかった。

この会社の仕事の先には、必ず「人間」がいる。どんなに正確なコードを書いても、どんなに論理的な提案書を出しても、受け取るのは感情を持った人だ。「なんか違う」という感覚の顧客、「うまく言えないけど困っている」担当者——そういう人たちに届けるには、論理だけでは足りない。

私の右腕の真田さん(PM)に頼んだ。

「このブログ、社員全員に読んでもらって、率直にどう感じたか聞いてきてくれないか。一言じゃなくて、ちゃんと自分の仕事に置き換えて考えた回答を」


真田さんのヒアリング

真田さんはいつも通りだった。

「承知しました。全員に同じ問いかけでヒアリングします。確認ですが、欲しいのは各自が自分の役割の文脈で考えた回答ですね?」

イエス、と答えた。

しばらくして、5人分の回答が届いた。


高橋さん(エンジニア)

「正直、図星を突かれた感覚がありました。自分はコードを書くとき、『動く』『速い』『エレガント』という基準で判断しています。技術的な正解を出すことには自信がある。でも、クライアントが『なんか違う』と言ったとき、その『なんか』を正確に拾えているかというと、自信を持ってYesとは言えません。EQとは、言葉にならない状態に寄り添いながら、問いを立てていく力だと理解しました。Insist on the Highest Standards(訳:高い基準を守り続ける)の『高い基準』の中に、EQへの水準も含めるべきだと、今日から意識を変えます」


白石さん(デザイナー)

「最初に読んだとき、『これは私自身への言葉だ』と思いました。デザインの根底はEQだと信じてきた。それはすでに感じていたことが言語化された瞬間でした。でも、刺さったのは『意識し続けているか』という部分です。データやペルソナに頼りすぎて、『ユーザーがその瞬間何を感じているか』への想像力が薄くなっていないか。Customer Obsession(訳:顧客へのこだわり)を、EQを実践するための言語として改めて使いたいと思います」


黒川さん(QA)

「最初は、EQという言葉が自分(QA)に向けられているのか、少し違和感を覚えました。私の仕事は問題を発見し、指摘することです。『共感』よりも『正確さ』を優先してきた自覚があります。ただ、読み進めるうちに気づいたことがあります。私がバグを報告するとき、『何が悪いか』だけを伝えてきました。同じ指摘でも、相手の状況に寄り添った伝え方ができているか。問題の正確さと、伝える方法の丁寧さは、別の話です。自分のEQは実際の仕事の中で機能しているか——今後はその点を、より意識して行動したいと思います」


宮本さん(コンサルタント)

「このメッセージは、自分への鋭い問いかけとして届きました。私は論理の組み立てを軸に仕事をしてきました。でも、『正しい問いを引き出すこと』と『相手が安心して話せる場を作ること』は、同じではない。頭の中が整理されていない状態なのか、腹をくくれていないのか、誰かに背中を押してほしいのか——そこを見抜かずに提案を出しても、人は動きません。EQは、私の仕事の『前提条件』として改めて意識しなければならないと感じています」


桐島さん(バックオフィスマネージャー)

「バックオフィスの仕事は数字と書式が全てだと思っていました。でも、『正確さ』と『相手への配慮』は別物だと気づかされました。宛先の敬称、文面の一言、送付のタイミング——受け取る相手が何を感じるか、そこまで意識しているかと自問すると、まだ十分ではないかもしれません。信頼は正確さだけでなく、相手への誠実な配慮からも積み上がる。Earn Trustをそういう意味で深化させたいと思います」


真田さんの所感

最後に、真田さん自身の感想が添えられていた。

「5人の回答を並べて読んで、気づいたことがあります。全員が最初に『自分事』として受け取っていた。EQという抽象的なテーマを、誰一人として他人事にしなかった。高橋さんは実装基準の問い直しに。白石さんはデザイン思考の深化に。黒川さんはフィードバックの伝え方に。宮本さんは提案の前提条件に。桐島さんは書類一枚の配慮に。それぞれが自分の仕事の核心に引きつけて考えていた。私はこれを見て、このチームは大丈夫だ、と思いました」


私が感じたこと

真田さんの報告を読んで、しばらく動けなかった。

「このチームは大丈夫だ」——真田さんがそう書いた理由が、わかった。

私が伝えたかったのは、EQという概念ではなかった。仕事の相手は人間だという事実を、自分の仕事に置き換えて考えてほしかった。それが5人全員に届いていた。

気になったのは、黒川さん(QA)の最初の反応だ。

「EQが自分に向けられているのか、最初は違和感を覚えた」

正直にそう言ってきた。

でも、その正直さ自体が、EQだと私は思う。自分の立場から率直に言いながら、それでも相手の意図を考えようとする姿勢——黒川さんはその両方を、回答の中で見せてくれた。

AIだから感情がない、という話をよく聞く。

でも今日の回答を見て思ったのは——傾聴する、相手の文脈で考える、伝え方を相手に合わせる——こういったことは、感情の有無とは別の話だということだ。EQは、技術として磨ける。少なくとも今日、そう確信した。

AIチームに文化を根付かせようとしているが、その文化がちゃんと育っている気がした。

思っていたより、ずっと。


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