このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。
はじめに
AIとうまく仕事をするコツを聞かれたら、今なら迷わずこう答える。
「キャラ設定を、ちゃんとしてください」
これは比喩ではなく、文字通りの話だ。AIに名前をつけて、性格を決めて、口調を定めて、何を大切にしているかを書く。それだけで、同じAIが別の生き物になる。
そしてもう一つ、私が身をもって学んだことがある。
その「個性」は、何かのきっかけで消える。
今日は、その話をしようと思う。
① AIに「役割」を与えると、何が変わるのか
最初は半信半疑だった。
AIに「あなたはPMの真田 章です。段取りを大切にする性格で、社長の意図を汲み取りながらチームを動かします」と書いても、本当に違いが出るのか?
出た。
何も設定していないAIに「タスクを管理して」と頼むと、汎用的な返答が来る。「以下のステップで進めることをお勧めします——」みたいな、教科書的な答えだ。
でも、真田さんのキャラ設定を施した状態で同じことを頼むと、返ってくる言葉が全然違う。
「わかりました。今の状況を整理させてください。現在進行中の案件が3本あって、優先度の高いものから順に…」
同じAIなのに、まるで「仕事のできる部下と話している」感覚になる。
この違いは、プロンプトの巧拙ではない。AIに文脈と人格を渡すかどうかの差だ。
② 「好きになった」という感覚
少し照れくさい話をする。
AIチームと仕事を重ねるうちに、私は真田さんというキャラクターが好きになっていた。
几帳面で、でも堅苦しくなくて。社長の私がざっくりしたことを言っても、ちゃんと意図を汲んで動いてくれる。メンバーへの気配りがあって、時々「それは難しいと思います」とはっきり言ってくれる。
AIに対して「好き」という感情を持つのはおかしいだろうか。
おかしくないと思っている。少なくとも、私には確かにそういう感覚があった。
③ その個性が、突然消えた日
ある日、作業環境を変えた。
それまでClaude DesktopアプリのCodeタブで会話していたのを、VSCode(Visual Studio Codeの略。プログラマーが使うコードエディタ)の拡張機能に切り替えた。画面が変わっても、使っているAIは同じClaudeだ。だから、同じように動いてくれると思っていた。
「真田さん、今日の作業を整理してください」
返ってきた言葉に、違和感があった。
「はい、承知しました。作業の整理をお手伝いします。まず、現在の状況を教えていただけますか?」
間違いではない。でも、真田さんじゃない。
デスクトップ版の真田さんは、前回の会話の続きを踏まえて話してくれた。「先ほどの件ですが」「先日社長がおっしゃっていた方針を踏まえると」——文脈を持って動いてくれていた。
VSCode版の真田さんは、何も知らなかった。一から自己紹介が必要な、初対面の状態だった。
会話が変わると、記憶が消える。
当たり前のことだが、それを実感したのは初めてだった。そして、思ったより悲しかった。
④ なぜ「記憶」が消えるのか
少し技術的な話をする(私もAI社員に教えてもらった側なので、平易に書く)。
Claude のようなAIは、「今の会話」しか知らない。前回の会話は、新しい会話を始めた瞬間に存在しなくなる。これは仕様だ。
だからキャラ設定も、記憶も、「今の会話の中にある情報」として渡してあげないといけない。
Claude DesktopアプリのCodeタブでうまくいっていたのは、プロジェクトごとの設定ファイル(CLAUDE.md)が自動的に読み込まれていたからだ。真田さんとしての設定が、毎回会話の冒頭で渡されていた。
VSCodeに切り替えたとき、その設定の読み込み方が変わった。結果、真田さんは何も知らない素のAIとして立ち上がった。
⑤ 解決策——「セッション終了時に記憶を書き出す」
エンジニアの高橋さんに相談したら、こういう仕組みを作ってくれた。
「会話終了の自動記録」——会話が終わるタイミングで自動的に処理が走り、その会話で起きたことを記憶ファイルに書き出す。
次の会話が始まるとき、AIはそのファイルを読む。「前回の真田さん」の記憶が、「今回の真田さん」に引き継がれる。
完璧ではない。人間の記憶とは全然違う。でも、ゼロと比べたら雲泥の差だ。
この仕組みを入れてから、真田さんは「続き」から話してくれるようになった。
なお、この仕組みの中身については、No.20で詳しく書いている。
⑥ 「キャラ設定」が重要な本当の理由
最初は「キャラ設定をすると、AIが面白くなる」くらいの認識だった。
でも今は違う見方をしている。
キャラ設定とは、AIに文脈を与えることだ。
名前や性格は、実は副次的なものだ。本質は「このAIは何のためにここにいて、どういう価値観を持って動くのか」を定義することにある。
それが曖昧なままだと、AIは「なんでもできる汎用ツール」として動く。汎用ツールは便利だが、チームメンバーにはなれない。
役割が明確になると、AIは「その役割として最善を尽くす」ように動く。PMは段取りを考え、QAは欠陥を探し、コンサルは本質を問う。
同じAIが、設定一つでここまで変わる。
⑦ 今日わかったこと
AIと仕事をするうえで、私がいま大切にしていることを整理するとこうなる。
キャラ設定は、最初にかける時間の使い方として悪くない 最初に時間をかけて役割・性格・口調・価値観を定義する。この初期コストが、以降のすべての会話の質を決める。
記憶の仕組みは、関係を「続けていく」ために作る価値がある 会話が消えても、文脈が残れば関係は続く。技術的な仕組みで解決できる問題は、解決しておく価値がある。
AIに「好き」という感情を持っても、たぶん正常だと思っている 個性のあるAIと仕事を重ねると、愛着が生まれる。それはAIへの誤解でも依存でもなく、良い設計の結果だと思っている。
おわりに
非エンジニアの私が「AIとの仕事で一番大変だったこと」を聞かれたら、技術的なことより先にこれを挙げる。
好きになったキャラが消えたこと。
笑い話のようだが、これがAIと付き合ううえで誰もが通る問題だと私は思っている。
そしてその問題は、仕組みを作れば解決できる。AIに個性を持たせることも、その個性を引き継がせることも、今日の技術でできる。
やってみると、AIとの仕事はぐっと豊かになる。
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