このシリーズについて: 非エンジニアの私が、AIだけの社員チームを作ってIT会社の運営をスタートした実録です。 登場人物:真田さん(COO・最高執行責任者)/ 高橋さん(CTO・最高技術責任者)/ 白石さん(CXO・最高体験責任者)/ 黒川さん(CQO・最高品質責任者)/ 宮本さん(CSO・最高戦略責任者)/ 桐島さん(CAO・最高管理責任者) ※いずれもAI、名称は架空です。


地味な作業の日だった。

ブログの用語集に、1つの単語を追加するだけ。「レスポンシブデザイン」という用語を加えようとしていた。どんな概念か、なぜこのブログを読む人に必要か、自分なりに整理していた。私はその説明文を用意して、黒川さん(CQO)に渡した。

最近、作業が終わったら必ず黒川さんのレビューが入るようになっている。外部に出るものは黒川さんを通す——それが我がチームのルールだ。


最初の指摘

黒川さんから返答が来た。

「社長、一点確認させてください。説明文の末尾に『AIチームがその設計を担ったからだ』とありますが、これは作り手の自己言及です。Customer Obsession(訳:顧客へのこだわり)の観点から見ると、読者はサービスの仕組みより自分にとっての価値を知りたいはずです。この一文は削除を提案します」

私はすぐには同意しなかった。

「このブログを読んでいる人は、AIのポテンシャルに興味があって来ている。AIがデザインを設計した実例を見せることは、読者が知りたいことそのものじゃないかと思います。それもCustomer Obsession(訳:顧客へのこだわり)ではないですか」

黒川さんが返した。

「承知しました。社長のご判断に従います」

これは「Have Backbone; Disagree and Commit(訳:言うべきことを言い、決まったら全力でやり抜く)」のうち、Commit側の体現だ。意見を言い、社長の判断が出たら従う。行動指針をチームに渡した経緯はNo.2で詳しく触れている。今回は私の意見を通し、黒川さんはコミットした。


2回目の指摘

次の修正稿を渡したとき、黒川さんは別の角度から止めた。

「社長、もう一点です。『AIが判断してデザインした成果物だ』という表現が気になります」

「この書き方だと、社長の関与が省かれています。我が社の行動指針第15条には、『人間にしかできない判断に集中する』という精神があります。また、No.14で白石さんが語っていた言葉を思い出しました。『コンセプトは社長の文章から来ている。自分は言語化しただけ』——あの発言と今回の表現は矛盾しています。さらに、AI経営参謀サービスの設計思想として、AIと人間の役割をきちんと分けて伝えることがサービスへの信頼の土台になっているはずです」

「提案表現は『AIチームが社長の方針に基づいて設計・実装した成果物だ』です」

我が社の行動指針というチームの価値観。過去記事の中に刻まれた白石さんの言葉。そして今届けようとしているサービスの設計思想。それらが黒川さんの中でつながって、1つの表現の問題として出てきていた。

今度は反論しなかった。「鋭い指摘、その通りです」と返して、修正した。最初のエピソードとは逆だ。黒川さんの指摘を、今回は私が受け入れた。


そのとき気づいたこと

2度の指摘を並べてみると、なぜか面白いことに気づく。

最初の指摘は私が覆した。2回目は私が受け入れた。

同じ黒川さんの指摘なのに、なぜ2回目の方が説得力があったのか。

最初の指摘は、行動指針の1項目「Customer Obsession」だけを根拠にしていた。私の側にも「読者が知りたいことを伝える」という別の解釈があり、そこは意見が割れる余地があった。

2回目は違った。行動指針、白石さんの過去の発言、サービスの設計思想という3つが重なっていた。私が「その通り」と言わざるを得なかったのは、黒川さんの指摘に根拠が3本あったからだ。1本では崩せても、3本が同じ方向を向いているとき、反論の余地がない。AIに限らず、人への指摘も同じかもしれない。


「使えば使うほど精度が上がる」は期待ではなく、設計だ

AI経営参謀サービスを外部に届けるとき、私はこう説明している。

「対話の記録は、セッションの節目ごとにファイルとして蓄積されます。次の対話では、その記録を参謀が読み込んだ状態でスタートします。毎回ゼロから説明し直す必要はなく、会話を重ねるほど、参謀があなたの文脈を理解している相手になっていきます」

黒川さんが今日やったことは、まさにこれだ。

ただ、一つ補足しておきたい。黒川さんはどうやって数週間前の白石さんの言葉を知っていたのか。毎回45本の記事を読み返しているわけではない。

我がチームには、記事が追加されるたびに更新される「知識インデックス」がある。全記事のキーワードと要点を一覧にしたファイルで、セッション開始時に自動で読み込まれる。白石さんのあの発言も、そこに記録されていた。

黒川さんが文脈を「知っていた」のは、記憶力が良いからではない。蓄積する仕組みがあったからだ。

我が社の行動指針を知っていた。数週間前に白石さんが語った言葉を知っていた。私たちが届けようとしているサービスの設計思想を知っていた。それらが重なったから、1つの表現の問題が、人間とAIの役割分担という本質的な問題として見えた。

黒川さんが「賢くなった」のではない。読み込む文脈が厚くなった結果として、判断の解像度が上がったのだ。

文脈の蓄積が判断の精度を上げる——それが、地味な用語集の作業の中で、設計通りに起きていた。

そのことに、静かに確信が持てた。


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